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「お前はもう知っているね? この虎屋は、私と、もう死んだ私の旦那が一代で築き上げた御店だ。つまり、のしあがるには沢山の人を踏みつけなければいけなかった」
最初、他の御店で女中奉公をしていたお義母様が先代――大旦那様と虎屋を立ち上げたのは二十代後半だと言います。
並大抵の苦労ではなかった事くらい、御店の事など全く知らない私でも分かる事で御座いました。
「働いたよ。そりゃあもう脇目も振らずに働いた。食うことに追われるってのは本当の事だった」
辛かった昔を振り返るのではなく、まだ元気に働いていた自分を誇るようにお義母様は仰いました。
「御店に大事なものはね、品物と働く者の気概と、あとは何だと思う?」
楽しそうに、それでいて言い聞かせるように――お義母様は私に訊ねられました。
「お得意様を作る事でしょうか?」
「それもある。あるけどそれは気概に入るねえ」
再びくすくすとお笑いになります。暫く考えておりましたがどうにも分からず、私は黙っておりました。
「分からないかい?……場所だよ。どれだけ素晴らしい品物と働き者の奉公人で溢れていても、御店の場所で決まってしまうんだ」
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