第五章 少女に行き場は無くて

72/86
196人が本棚に入れています
本棚に追加
/329ページ
†††  烏羽玉の宵闇は、夜が深くなるにつれてより一層濃さを増す。館はどこもかしこも暗く、月と星霜が時折照らす以外には、光はひとつも無かった。主が寝てしまったわけではなかった。主――中原影夜は物心ついてからこの方、ぐっすりと眠れた試しが無かった。  それでも、こうして起きていられるのは霊薬のおかげだ。その眠れない原因は、聞かせただけでは笑い飛ばされてしまうような馬鹿馬鹿しいものであった。 ――悪夢  彼自身にはどうすることも出来ない悪夢。瞼を閉じると同時に、その世界が彼には見えた。  いや、見えた等と言う生易しい表現ではない。その世界に入り込むと言ってもいいだろうか。それは闇に満たされた世界。そこで起きる出来事は夢を見る度に変わるが、最後は必ず、闇に身を蝕まれて終わる。意識はそこで途絶え、気が付くと朝になっている。  この夢を影夜は、物心ついてからずっと見続けてきた。家族で他に、この夢を見る者は父と妹だったが、影夜が毎晩見るのに対して、彼らは半年に一度か二度あるかないか。妹に至っては、年を経るごとに、悪夢を見なくなっていった。  何故、自分だけがこれ程に苦しまなければならないのか。精神科、脳科学者、果ては占い師にまで相談をしたが、この中で一番的確な答えを出してくれたのは、何の皮肉か占い師であった。  その占い師にあったのは彼が十才の時。彼は、自分が何に悩んでいるのかを、彼が何かを言うよりも先に言い当てて見せた。  それが、単なる偶然では無い事を影夜は直感的に悟り、占い師の言う事に耳を傾けた。曰く、彼はかつて追放された陰陽師、中原常社の子孫である事、何故彼が悪夢を見るのか。そして、年の離れた姪が産まれたばかりである事、その姪が影夜と同じ「体質」を持つであろうことを告げた。
/329ページ

最初のコメントを投稿しよう!