第五章 少女に行き場は無くて

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 言葉だけでは信用できないであろう。そう言って彼が渡してくれたのがこの霊薬。「夢違え」というのは、その占い師自身が付けた名前だという。内なる霊気を活性化させつつ、同時に精神も安定させる効果があるということだった。  今では、影夜自身がこの薬の構造、製造方法まで見つけ出し、自らの手で作る事も可能となっている。それを聞いて、あの占い師は大層驚いていた。もしかしたら、驚いた振りをしていただけなのかもしれない。彼の恐ろしい所はそこだった。芝居か、それとも本音なのかが分からないというのが。真偽はさておき、影夜が天才なのは確かだった。  それは自分でも気が付いている。他の術者は自分程、早く言霊を編めない。術を構成出来ないし、出来たとしても精巧性に欠ける。彼はこの七年間、家族の元を去り――彼らの記憶は占い師によって消された――あの占い師の元でひたすらに修行を積んだ。呑み込みは早く、術の出来は他の弟子達の比ではない。  もはや、自分は悪夢に怯える幼い子どもではなくなっていた。今の彼には力がある。――だが、しかし。  時折、聞こえる少女の声。それは囁き声、無視さえすれば空耳程度の事と思える程に小さな声。だが、それは紛れも無く闇に溺れる少女の声だった。影夜は一度だけ、その声に引きずり込まれた事があった。その時は十年ぶりにあの「悪夢」に溺れてしまったのだが……。  師に教わった術を使い、彼は彩弓を操ろうとした。だが、操り、彼の人形とするまでには至らない。せいぜい出来るのは、彼女の意識に介入する事と、彼女の瞳を通して彼女が見たものを見る事くらい。  しかしながら、それでも彼女が見る悪夢に引きずり込まれないような耐性がついたのは、彼にとっては最高とまではいかないまでも、上々の出来だった。
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