第五章 少女に行き場は無くて

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 仄かな光は空中にこの屋敷内の図を映し出す。その中で虫のように蠢くのが、侵入者共だ。館内にいるのは二人。光が図から飛び出し、人の姿を模った。 「白虎殿に、蛇使い殿、か」  影夜はひとりごちる。この若さで、何年も館の中で一人で暮らしてきた彼は、独り言が癖となっていた。そして、青年に似つかわしくない酷く老獪な口調になる事もしばしば。親しい間柄に対してであれば別だが、そうでない者に対しては、等しく冷徹な口調で応じる。 ――これ程にまで不安定なのは、もう何年も眠っていないせいだろうか、それとも師から自分の境遇について聞かされた時からか。  だが、それを今、考えるのはよそうと、影夜は図に向き直る。屋敷の地下にも反応があった。光点は二つだ。 ――二人だ 「忌人、土人、厄災よ、二人を速やかに討ち、その首を私の元へと持ち帰るべし」  護符を式磐の前に翳して、影夜は命じた。敵は、影夜が自身を囮にして、自分の「作品」を逃がそうとすると読んだ筈だ。その予測はある意味では間違ってはいない。 「力及ばずとも必ず、差し違えよ」  だが、影夜は彼らが思う以上に残忍な性格だった。敵の作戦を知り、予測し、あえて相手の策に飛び込む。そうして、相手を力でねじ伏せるその瞬間が、彼にとっては快楽だった。尤も、今回はそれ程上手くいくかどうかは分からない。なにせ、相手はあの陰陽少女。それに気に喰わないがあの少年も、常社神社での戦いを生き延びた。  彼を殺し、陰陽少女の精神を叩き潰した上で処刑する。それが、影夜の描いた道筋だったが、上手くはいかなかった。詰めが甘かったのかもしれない。或いは、彩弓自身が常社の精神に介入してくるとは思いもよらなかったのだが。  そこまで考えてふと、影夜は気が付く。映し出された人影に。  一人は沖一真だ。  だが、もう一人は―― 「これは一体どういうことなんだ……」  老獪な口調が思わず消え去った事に影夜自身は気が付かなかった。たった今、戦略の常識が覆されてしまった事に驚くあまり、気にも留められなかったのだ。  そう、そのもう一人の人影は、陰陽少女のものではなかった。
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