第五章 少女に行き場は無くて

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†††  海馬と霧乃が乗り込んだそこは、江戸時代にでも飛び込んだのかと思う程に、古風な造りの屋敷だった。屋敷の前には大きな川と木造りの橋。周りは森林に覆われ、そこだけ外界から切り離されたかのような印象を与える。  中は中でこれまた、古めかしい趣を感じると霧乃は思う。天井に向けて伸びる大黒柱、畳の敷き詰められた幾つもの部屋、障子から差す影は、和の趣を感じるよりも先に、寒気がした。  有体に言えばここはお化け屋敷みたいなところだった。まるで冗談のようだが、死者を呼び出した陰陽師がいる事実を合わせて考えると、この雰囲気は決して偶然そうなったものではないのだろう。  海馬が先行し、霧乃が殿を務める。海馬は障子を勢いよく開け放ち、部屋を虱潰しに探した。影夜が一階にいる気配はない。その代わりと言っては、変だが禍々しい気配が近くに漂っているのを、霧乃は感じていた。恐らくは、写真に写っていた件の人形だろう。  人形を式神として使役する事自体は、なんら珍しくはない。が、逆を言えばこれ程に禍々しい負の気を放つ人形の式神は滅多にいない。それが何を意味するのか、なんとなく予想はつく。 「こっちに来ないで」 ――おでましか  少女の声、そして部屋中に木霊する鬼哭啾啾――叫びとも風の音とも取れぬ不協和のさざめき。  海馬が目だけで合図し、霧乃は愛用の蛇腹剣――金蛇之剣を繰り出した。式神勾陣が変じた姿であり、一見すると右腕から肩までを鱗に覆われているかのようだ。 「呼んだかい、主」 「呼んだから、ここにいるんだろう」  そんな軽口を叩き合い、霧乃の隣で、海馬が「奎・婁・胃・昴・畢・觜・参」と言霊を紡ぐ。  そうして現れたのは、四肢を覆う白虎の体毛だった。白之獣甲(しらのじゅうこう)と呼ばれるそれは、西方の護り手の戦装束。
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