第五章 少女に行き場は無くて

79/86
前へ
/329ページ
次へ
†††  一寸先は闇、という表現がまさに当てはまる空間だった。奥へと伸びる空洞の中を吹く風は、来る者を誘う亡者の叫びのようにも聞こえる。井戸の奥底へと縄梯子を降ろし、一真はそっと下へと降り立った。夜の闇、陰の界とはまた違った闇がここにはある。奥に得体の知れない物が眠っている。それを知りつつも、進まなければいけない。  井戸は既に枯れ果てているのか、それとも井戸は単なる見せかけでしかないのか、虚ろな風の叫び以外は、水の音一つしなかった。だが、長年放置されていたにも関わらず埃一つ、壁には綻びも無い。まるで、時までもが止まってしまったかのようだ。と、一真の隣で何かが落下してきた。下駄の足を爪先で揃え、綺麗に着地したのは赤い髪の式神。 「ようし、到着ぅ!」 「ちょっ、大きな声を出すなって……!!」  無遠慮で明朗なその声に、一真は小声で叱りつける。しかし、彼女はまるで意に介した様子はない。 「ほら、彩弓も言ってたじゃん。暗いことばかり考えてると悪いものを引き寄せちゃうってさ」  まるで、小さな太陽のように笑う日向の顔から目を逸らしつつも、一真は確かにと思う。  物の怪は負の気を糧とする。恐怖もその気の中の一つだ。日向は容易くも一真の心を見抜き、その上で警告しているのだ。 ――そんな気持ちでは勝てはしないぞ、と。  改めて気を引き締め、一真は腰に下げたランプ型の懐中電灯のスイッチを入れる。仄かな明かりが空洞の先に影を映し出す。
/329ページ

最初のコメントを投稿しよう!

196人が本棚に入れています
本棚に追加