第五章 少女に行き場は無くて

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 そう、と日向は頷いた。確かに、霧乃が何かに怯える様子は見た事が無かった。それは、彼が陰陽師だと一真が知る以前から、そう感じていた。  クラスの女子どころか男子ですら、不気味がるような心霊写真をみても、眉一つ動かさず笑っていたり、後はそうこんなこともあった。  それは、まだ一真達が栃煌高校に入ってから、間もない頃の事だった。何年も前に卒業した三年生が残した作品の処分の手伝いを、一真と霧乃、未来の三人は美術の先生に頼まれた。処分する作品の出来不出来は、当然ながらバラバラで、芸術品レベルのものから小学生の落書きレベルの物まで様々。その中で、一真と未来が処分するのに躊躇した作品があった。  それは生徒一人一人の自画像。やはり出来不出来はあるものの、どれもまるで生きているかのような印象を抱いたのを覚えている。だが、霧乃は何を考えたのか、それとも何も考えていないのか、自画像を躊躇いも無く次々に破り捨て、ごみ袋へと放り込んだ。 「怖くないの?」と問う未来に、霧乃は不思議そうな顔で答えた。 「何が怖いのさ?」  勿論、理屈では分かっている。あれはただの紙、そこに生徒が自分の顔を描いただけ。それを破り捨てたからと言って、何かが起きるわけではないという事くらい。  だが、霧乃は、理屈で分かるとかではない。端から、恐怖というものを微塵も感じていなかったのだ。 「だけど、それは悪いことか?」  一真は少し前の思い出から、我に返りつつ訊ねる。何を見ても怖がらないというのは、確かに驚く事ではあるが、異常とまで言っていい事なのか。それは単なる個性ではないのか。 「いいか悪いか、って聞かれると別にどちらでも無い事だと思うけどね。ただ、霧乃自身はそれを凄く気にしているみたい。なんでかは知らないけどね」  含みのあるその言葉には、知っていて明かしていない事実がある筈だ。が、それを追及する気は一真には無かった。したところで、日向ははぐらかすだろう。「知りたければ本人に直接聞けば」と言外に滲ませながら。  もしも、その機会があれば霧乃に聞く事としよう。もしもあれば、だが。
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