第六章 少女は夢の中にて光りて

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――いや、違う  ようやく、まともな思考を取れるようになって一真は、目の前で消滅しつつある“屍人”の結末を見届ける。正確には、屍人を凝縮して固めた塊のようなものを、だ。  光から逃れようと、屍人の魂が惑い、我先にと井戸の闇に身を投げる。最後の屍人の霊が消え去ると、一真は膝を突いた。それでも身体を支えきれずに手をつく。 「一真……」  再び聞こえた少女の声に、一真は目を見開く。屍人が見せていた沙夜の姿は消えた筈だった。だが、あの幻によって倒された月は、未だ倒れたまま。消える気配はなかった。 ――この月は、まさか本物なのか……?  考え出した途端、一真の思考は再び絶望の中へと沈み始める。一度は閉じかけた内なる幽闇の扉が、不気味な音を立てながら再び開こうとする。 「……怖い」 「一真君、待って!」  日向が制し、一真は躊躇う。これも敵が見せる幻影か? だが、たとえ幻影だとして、月を傷つける事が出来るだろうか。 ――あぁ、そうか  と、一真は今更ながらに思う。以前、月が経験したのと全く同じ痛みを、一真は今ここで味わされているのだということを。 「一人は嫌……」  しかし、同時にこうも思う。――彼女は本物だ 「月……俺は気が付けなかった。いや、気が付いていたのかもしれない。だけど、何も言わなかった。俺は――」 「一真……」  彼女は誰かが造りだした都合の良い幻影ではない。一真が見た月そのひとを、そこに投影しているに過ぎない。 「お前を一人にはしない。そう約束した。だから」  一真は近づき、倒れたままの少女に触れた。それは霞を掴もうとするくらいに、無力で、同時に生きた肌に触れるような温もりがある。 「少しだけ待っていてくれないか」  永遠とも思える程の静寂が流れ、それから少女は答えた。 「待ってる……、待っているから」  一真は抱き起そうとして、不意に首を思いっきり引っ張られた。
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