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「私は、別れたいなんて、言ってないもん」
「関係について考え直すって、そういうことだろ」
「違うよっ」
何とか、このお粗末な言い合いから早く脱却したい。優真がついそう考えていると、縁はまた俯いて、呟いた。
「もう30才になったしさ。結婚しないのってなんでだろうって、私、あれこれ考えたんだ」
内容はともかく、しおらしい態度で控え目に主張する縁の姿に、つい優真もほだされる。
「もしかして優真は、結婚は考えてないのかなって。もしそうだとしたら、私はどうしたいんだろうって、ちゃんと考えたかったの」
「…それで、縁の結論が、プロポーズだったってこと?」
「ん」
「求婚のこと、親父さんには言ったのか?」
「え? 言ってないよ?」
穏やかな流れの中、軽くしれっと返す縁に、優真の血がたぎった。
“親父さん”は、縁の養父であり、縁のピアノの師匠であり、世界屈指のピアニストだ。縁は、彼に見出だされて中学生の時に渡米し、彼の元でピアニストになるための教育を受けてきていた。
親父さんにとって縁は、大切な預り子であり、最大の弟子であり、唯一の家族であり、最愛の一人娘だ。
そしてまた、優真との交際を真っ向から反対し続けている、優真にとっての巨大すぎる壁だった。
「お前っ、また勝手にそんなことっ」
「勝手って。勝手にもするよぉ、もう30だよ?」
何言ってんの、もー。
そんな顔をされて、お前こそ何言ってんだよと優真は大声で詰りたくなってくる。
縁との交際を真剣に交渉し、結婚についても何度も話し、その度に、断固として断られたきたのは、他でもない優真だ。
縁も、それを隣で見てきたし、一緒に戦ってきた筈なのに、何でこうも呑気なのだろう。
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