3.優眞と縁、噛み合わぬままに

7/14
前へ
/31ページ
次へ
「私は、別れたいなんて、言ってないもん」 「関係について考え直すって、そういうことだろ」 「違うよっ」  何とか、このお粗末な言い合いから早く脱却したい。優真がついそう考えていると、縁はまた俯いて、呟いた。 「もう30才になったしさ。結婚しないのってなんでだろうって、私、あれこれ考えたんだ」  内容はともかく、しおらしい態度で控え目に主張する縁の姿に、つい優真もほだされる。 「もしかして優真は、結婚は考えてないのかなって。もしそうだとしたら、私はどうしたいんだろうって、ちゃんと考えたかったの」 「…それで、縁の結論が、プロポーズだったってこと?」 「ん」 「求婚のこと、親父さんには言ったのか?」 「え? 言ってないよ?」  穏やかな流れの中、軽くしれっと返す縁に、優真の血がたぎった。  “親父さん”は、縁の養父であり、縁のピアノの師匠であり、世界屈指のピアニストだ。縁は、彼に見出だされて中学生の時に渡米し、彼の元でピアニストになるための教育を受けてきていた。  親父さんにとって縁は、大切な預り子であり、最大の弟子であり、唯一の家族であり、最愛の一人娘だ。  そしてまた、優真との交際を真っ向から反対し続けている、優真にとっての巨大すぎる壁だった。 「お前っ、また勝手にそんなことっ」 「勝手って。勝手にもするよぉ、もう30だよ?」  何言ってんの、もー。  そんな顔をされて、お前こそ何言ってんだよと優真は大声で詰りたくなってくる。  縁との交際を真剣に交渉し、結婚についても何度も話し、その度に、断固として断られたきたのは、他でもない優真だ。  縁も、それを隣で見てきたし、一緒に戦ってきた筈なのに、何でこうも呑気なのだろう。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加