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「父さんはともかく、優真の気持ちが聞きたい」
ぬけぬけと言ってくる縁に、優真は目眩がしてきた。
親父さんと最後に話したのは、夏だった。
客人としてはもう、朗らかに迎えられ会話を楽しむ程には良好な関係を築いていた。それでもやはり、結婚の話題になると途端に沈黙で返される。
この時も、困ったように苦笑され、はぐらかされてしまった。
勿論それは、最初に比べたら、かなり穏やかで友好的な反応だ。
優真が、恋人として初めて会った時は、親父さんは真顔を全く崩さなかった。
「君は誠実で優秀なのだろう。学者として大成するかもしれない。それなら、それを支えてくれる妻をめとるべきだ。縁には無理だ」
優真を持ち上げながら穏やかに諭すその延長で、
「縁はピアニストなんだ。それを支えられる夫でないと困る。君には、縁を支えられる財力も人脈もない」
はっきり、縁の夫として力不足であると言い切られてしまった。
そしてそれは、全くその通りだった。
「ピアニストとしての縁は自分の憧れの根本であり、それを支えることについて吝かではない」という精神論でしか主張できない無力を、心底実感した瞬間だった。
以後、不得手なりに優真も頑張ってきた。なかなか実を結ばないが、縁も親父さんの了承も諦めるつもりはない。師弟関係に亀裂が入ることはあってはならないのだ。
それをだ。
この人間は、事も無げに「結婚しちゃおう」みたいな気軽なノリで強気にゴリ押ししようと企むとは…。
一喝して説教すべきなのか…どんな言葉を以てすれば彼女を理解させられるのか…考えながら、段々と、優真はどうでもよくなってきた。
もう、どうでも良いんじゃなかろうか。こんな人間との結婚についてこだわる必要など、どこにあろうか。
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