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「いや、だって、結婚したら子どもできちゃうかもしれないし」
「お前、そもそも結婚の話なんかしてないだろ」
「私と結婚の話をしないのは優真じゃん」
「いや、そんなことは」
「あーるーっ」
責めるように膨れっ面を向ける縁に、優真も一旦会話を止める。
「……わかった。不安にさせていたんだったら悪かった」
あれだけ毎回、親父さんを含めた3人で結婚について話してきたのに、それが縁にとっては世間話でしかなかったのだろうか。興味がなかったから脳を素通りしていた…という感じではなさそうだけれど…と疑惑の目を向ける優眞だったが、
「…ううん。ゴメンね。私、こーゆーちゃんとした話が上手くできなくて」
優真の謝罪に合わせて、縁もしおらしく頭を垂れる。
その姿勢からちょっとだけ顔の角度を上げて上目遣いで優真を恐る恐る伺うのは、計算なのか、素なのか。
どちらにせよ、優真には効果絶大と言えた。
これが自分を操作する手管なのだとしたら感服の一言であり、もう一生そのままでいてくださいとお願いしたいくらいだ。
「結婚をね、しない正当な理由が、優真にあるのだとしたら、私がそれを安易に引っ掻き回しちゃ駄目だと思ったの」
「そうか…ありがとな」
ありがとうと口にしながら、ちょっと話の流れがおかしくないかなと気づいてはいた。どう思い返しても、自分に「結婚をしない理由」がありそうな言動があったとは思えない。
ただ、思い込みの激しい縁が作った流れを自分寄りに変え、その優真の作った流れに縁を誘うことがなかなか難しいということも、十二分に優真はわかっている。
とにかくゆっくりと、縁を責めているなどという誤解を欠片も与えないように声を作る。
「で、つまりは、穏やかに出産を迎えることは、できそうなんだな?」
「ん。そだね」
「…子どもができるなら、結婚していた方が自然だよな?」
「それは悩んだんだけどね」
「そこ悩むなよ!」
つい食い気味に突っ込んでしまう。
人に合わせる必要をあまり感じることがなく、独特な自分の中のペースをあまり乱さない優真は、普段、どちらかというとフォローされたり説明を求められることの方が多い。それが、縁が相手だと、逆に優真自身が常識を示すような立ち位置に迫られることがしばしばある。
そんなことに今更気付いた気がして、自分で滑稽だった。
そんな喜劇が、俺の人生なんだろう。そんなふうに、唐突に、しかし素直に、腑に落ちた。
「明日、阿部に連絡して、その後親父さんに土下座しに行くか」
「HARAKIRIじゃなくて?」
「何でお前に切腹を要求されるんだよ」
「SAMURAIの決意表明と言ったら、HARAKIRIじゃないかと思って」
「命と引き換えに結婚申し込むとか矛盾だろ」
「そだね」
話題の提供者としてあまりに軽い。
この軽さが縁の本質なのだとしたら、優眞は振り回されるために彼女に寄り添うことになるだろう。
その暗澹たる事実が、もう優眞には、馬鹿馬鹿し過ぎてむしろ眩い。こんな多彩な時間の過ごし方など自分だけでは到底見つけられなかった、と、皮肉めいた感想が脳に浮かんだこの時ですら、もう果てしなく幸福だった。
思わず、目をクリクリと動かす無邪気な縁に、口付ける。
途端、少女めいた顔に艶やかな色が差した。
誘いをかけてくる視線に目を奪われ、釘付けられて。
優眞は、甘い雰囲気に飲み込まれながら、否応なく縁へ傾倒していく自分自身に対して、覚悟を決めた。
終わり
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