彼は井上くん

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「おーい」 「え」  少し遠くから私を呼ぶ声が訊こえたのは、お昼休みの事。  友人との楽しい昼食を終え、お弁当に入っていたソースがついてしまった手を洗いに来たところで声をかけられた。    くるり。振り向けば、バスケットボールを片手に抱えた彼が私に向かって手を振っていた。  どうしたの。  そんな意味を込めて少しだけ首を傾げれば、彼はめんどくさそうに近付いて来る。 「井上くんが呼んだくせに、めんどくさそうな顔するって何」 「だって、バスケ行きたいし」 「知らないよ」  彼がバスケットボールを器用に指先で回し始める。くるくる。くるくる。いつも思うけど、何でこんなに綺麗に回るんだろう。  以前どうやって回しているのか訊いた事があるけど、指にボール乗っけて回せば良い、という適当な答えしか返って来なかったから、もう訊かない事にした。  指にボールを乗っける。この時点でもう意味がわからない。出来るわけないじゃん。 「で、何か用事?」 「あぁ、そうそう」  言い忘れるところだった、と言わんばかりに、目を少し見開く彼。  相変わらずだなぁ、と、彼にバレない様にこっそりと笑みを零した。 「小林が呼んでた」 「……小林先生、でしょ」 「堅い事言うなって」 「これは堅い事じゃありません」 「ちぇっ」  そう言って唇を尖らせる彼に、今度は笑いが声に出てしまった。  私が笑い出したのが気に喰わなかったのか、彼の眉がきゅっと八の字になる。彼のこういう表情、結構好きなんだよな。  
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