勿忘草

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――娘が死んだ時も、二人で約束したんですよ。 「え?」 若い医師は思わずギクリとする。 今の内心の声を聞きつけられた気がした。 ――あの子に天国でまた会えるまで、私たちは精一杯生きましょうって。 老婦人の銀髪は、車椅子の振動に合わせて微かに揺れている。 ――年寄りの繰(く)り言(ごと)と思われるでしょうけど、本当にいい子だったんです。 空に向かって真っ直ぐに首を伸ばした赤や白のチューリップの脇を通り過ぎると、今度は黄色や紫のパンジーが華奢な花びらを風にそよがせているのが目に入った。 ――溺れた友達を助けようとして、自分が運河に落ちるなんて……。 花壇の門を曲がるとそこから路面はコンクリートになっており、ザラついた車輪の音が老婦人のひそやかな話し声を遮った。
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