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「この赤いのは?」
老人は長身の体を折り曲げる様にして屈み込むと、花壇の中央を陣取って咲く一輪を指差した。
――チューリップ!
微塵(みじん)も臆する色のない声が答える。
「ちゃんと覚えてるね」
老人の深い青の目が輝いた。
「それじゃ、この黄色いのは?」
老人は、今度は花壇の隅に群れて花開いた一輪を示す。
――タンポポ!
底抜けに無邪気な声が飛ぶ。
「惜しいけど、違うね」
老人は笑って首を振った。
「これは、パンジーだよ」
老人は長い人差し指で、花弁の黄色が黒茶に染まった中央部をつつく。
――パン、ジイ?
花の名が二つの音に切り裂かれて戻ってくる。
「そう、パンジー」
ゆっくりと繰り返す老人の笑顔が寂しくなる。
「次にまた聞く時までちゃんと覚えなきゃダメだよ」
呟く様に告げると、老人は立ち上がって、車椅子を押し始めた。
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