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「あの子もこの花が大好きだったな」
老人はふと傍らに咲く一本に手を伸ばして摘み取った。
「まだ生まれたばかりの頃から、河原のいっぱい咲いている所に抱っこしていくと、本当に嬉しそうに笑ってた」
老人の手にした細い茎の頂(いただき)で、小さな花々が微笑む様に揃って揺れている。
――あのこってだあれ?
「春になると、三人で一番綺麗な花を見つける競争をしたね」
摘み取った花を老婦人のスカートの膝に載せると、老人はまた別の一本に手を伸ばす。
「あの子は二本摘んで来て、『一本はパパ、もう一本はママにあげる』と」
今度は花よりまだ固い蕾の多い一輪だった。
――なんのこと?
「生きてたら、きっと君より器量良しになっただろうと今でも思うんだ」
言葉の最後の方で、老人の声は消え入る様に掠れた。
「そして、今頃はあの子も母親になって、可愛い孫が……」
――ぜんぜん、わかんない。
「一体、どうすれば忘れられるんだ」
老人は歩みを止めると、まるで風に漂う香りを吸い込む様に目を閉じた。
――しらない。
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