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昼間の暖かな光に身を震わせた水霊は、ふわり、ふわりと漂う。眠たげな目で、それでも何かを探すようにあちらこちらへと飛び回る。小さく、それでも活気に満ちた市場には人が満ちていて、その間を縫うように空気の中を漂う度に、その水霊は水と同じように光を撒き散らして掻き混ぜていった。揺れた光は分散し、また集まり、輝く。
その光に目を上げた青年に気付き、水霊は空から問う。水の涼やかさによく似た、水霊特有のきれいな声で問う。
「……ねえ、しらない……?さがしてるの……」
「何を?」
「…………わたしの足、いなくなっちゃった……」
パン売りの青年はぎょっとした顔をした。
知らないらしい。それなら、いいや。
お兄さんはわたしの足をしらない。がっかりだ。
はやく、はやく見つけなければ。
誰かに食べられてしまったら、足は二度と戻ってこないのだから。
焦燥感と期待に急かされて、メルズは身を翻して再び思考に沈み、自らの足を探しに漂った。
わたしにはどうして足がないのだろう。
物心ついた頃から、ずっと考えていた。人間に足はある。わたしには無い。
私は人間のように物を掴むことができる。考えることもできる。髪も、指も、顔も、ある。肌の色が違うのは、人間の内でもよくある。髪の形が違うことも、人間の内ではよくある。私が人間で、何がおかしいのだろう。
人間なのに足がないのは、足がどこかに行ってしまったからなのに。
そう、メルズは考える。二百年を漂って暮らした彼女はしかし、彼女の一族の中では未だ幼い。思考もまた然り。そして彼女は自分のことすら、未だよく知らない。自らが水の霊に連なる者だともおそらく知らない。
幼いまま、こんなにも長い時間を人間は過ごせないことを、彼女は知らない。足だけを探して世界中を漂って生きていた彼女は、ひとところに留まる事を知らず、誰かと暮らすことさえ、そもそも選択肢には無いのだ。
ふわり、ふわりと漂って、足を探す。
誰かの足と入れ替わっているのではないだろうか、どこかに転がっているのではないだろうか。もし、既に食べられてしまっていたらどうしよう。
彼女にはそれだけが気掛かりだった。
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