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「――いい匂いだな」
動物たちが去った直後に、室内から低い声が上がった。ユーミンは棚の上を振り返る。青味がかった灰色の短い毛並の猫が伸びをしている。
ヴィーが目線の高さで飛びながら馬鹿にした声を出す。
「今頃お目覚めとはのんきなもんだ。お前さんの分はなくなっちまったぜ」
「いいんだ。猫はケーキを食わん」
落ち着いた声で言って、猫は棚から飛び降りた。手足も尾もすらりと長い。同居人を見上げる丸い目は、片方が緑、片方が青だ。
「食べる? 取ってあるよ」
小さな皿を床に置こうとしたユーミンを態度で制す。灰色猫はしなやかな動作で出窓に飛び乗った。日差しで緑の瞳が金に変わる。口元に微かな笑みが浮かぶ。
「ようやく晴れたな。山がきれいだ」
家の窓からは間近に三方の山が見える。遅れていた紅葉がやっと深まってきた。
「ふん、じじくさい」
子どもっぽい口調でヴィーが貶す。灰色猫は尾を緩やかに振っただけで答える。
「今日は出かけるの? J(ジェイ)」
灰色猫のJは、主を見ないまま応じる。
「いや、今日は付き合ってやる」
「ありがとう」
ユーミンはほっとしたように礼を言う。猫はそれをちらりと見遣ってから再び伸びをし、優雅な仕草で端正な顔を洗った。
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