魔法のインク

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 ユーミンはテーブルに開いて置いた革張りの大きな本を見ながら、材料を調合して新たな色を作り出そうとしていた。  傍らから本を覗き込むのは灰色猫のJ、こうもりのヴィーも羽根を畳んでテーブルの上に座っていた。 「なんだって黒いインクがあるんだ?」  ヴィーが不可解そうに問う。  本は古い時代から魔法使いの間に受け継がれてきたもので、薬草やまじないについて書かれていた。今作っているインクには、使う人の気分を変化させる効能があった。 「そりゃ、必要だからだろう」  Jが短く答える。  色は人の感情とリンクする。赤は人を情熱的にさせ、青は冷静にさせる。紫は高貴な振る舞いをさせ、オレンジは元気を与える。黄色は自信を与える。  黒は、人を混乱させ落ち込んだ気分にさせる。  知っていて好んで使う人間はいないだろうが、最も作りやすく、見習い魔女のユーミンが最初に完成させたのもその色だった。  目下鋭意制作中なのは、穏やかで友好的な気分にさせる緑と、他者に対して慈しみを覚えるピンクだった。この二色は、材料こそ森のなかにふんだんにあるものの調整が難しい。  本には他に、気分を浄化させる白と、感情を豊かにさせる虹色も載っていた。しかしそれらは上級の魔法使いにも難しいとされている。  ユーミンはできればそれらすべてを作りたかった。  魔法使いの家系に生まれたわけではない彼女は空を飛べない。練習は続けているものの、飛べるようになる可能性は低いだろうとJに言われている。  一方で、まじないに関しては素質があるらしい。ならばせめて一つの分野では一人前になりたい。
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