1:Love Me Do

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 店を出て、恵美は家まで歩き始めた。この先の事を考えるとバス代も馬鹿にならない。なに、歩いて帰ると言っても一時間半あれば着ける。日付が変わる前には家に戻れるだろう。  恵美はバッグから古めかしい携帯CDプレイヤーを取り出した。学校の友人たちは、アイなんとかという、女の子の手のひらにもすっぽり収まる、それでいて何百曲も入る、最新型のプレイヤーを持っている。だが、貧しい恵美の家ではそんな物は買えない。  赤盤のディスク1をプレイヤーにセットし、百円ショップで買ったちゃちなイヤホーンを耳にあて、歩きながら聞いてみる。ハーモニカの音から始まり、やや単調な声で「ラブ、ラブ、ミー、ドゥ」というボーカルが始まった。  恵美は街灯の下で立ち止まって、ケースの中に入っていた歌詞カードを見た。この曲のタイトルは「Love Me Do」。最後の「Do」は強調のために付いているのだろう。私を愛して、いや「どうか私を愛して」みたいな感じなのだろうか。  秋の初めのひんやりした風が突然体を包み込むように通り過ぎていき、恵美はブルっと上半身を震わせた。歩くのは平気だが、そろそろ夜は肌寒い事を忘れていた。そしてあの家に戻るのかと思うと、余計寒く感じた。  恵美は気を紛らわそうと、イヤホーンから響く、かすれたようなボーカルに合わせて小声で歌った。そして思った。  Love Me Do……どうか、私を愛して。どうして誰も私を愛してくれないのだろう?親ですら、なぜ愛してもらえないのだろう?
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