1:Love Me Do

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 それもこれが初めてでも、一度や二度でもない。財布をいくら肌身離さず持っていようとしても、自分の家の中では限界がある。たとえば風呂に入っている時まで財布を持っているわけにはいかない。そんなちょっとした隙を狙って財布の中身を抜き取られる。  もうそんな生活が何年続いているだろう。そう思うと心底気が重くなる。一度なかなか寝付けなくて布団の中で起きていた時、継母が部屋に忍び込んできて恵美のバッグの中をひっ掻きまわして財布を取り出したのを直に見た時がある。  すぐに布団から飛び起きて文句を言ったら、継母は全く悪びれた様子もなく、恵美を鬼のような目でにらみつけて怒鳴り返してきた。 「へっ!てめえ、親父から金もらってんだろうが!」  そりゃ自分の父親なんだから、高校一年生の恵美が小遣いを父親からもらう事はある。だが、それと子供の財布から金を、それもアルバイトで汗水たらして稼いだ金を、継母とは言え親が盗む事とどう関係があるのか?  しばらく悩んだが、どうせ父親に相談しても何の解決にもならない事は嫌というほど分かっていたから、最近ではあきらめていた。数分遅れて来たバスに乗り込みながら、恵美は体の奥の奥からわき上がって来る溜息を吐きだした。今度のは、安どの溜息だった。
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