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恵美が小さくうなずくと、マスターはその二枚のCDケースを恵美の方にカウンターの上を滑らせた。
「じゃあ、これはあげよう。ゆっくり聞いてみるといい」
「え!もらっちゃっていいんですか」
「実はね……」
マスターはそう言って少し恥ずかしそうな顔つきで、カウンターの引き出しから全く同じデザインのCDケースを二枚取り出した。
「この前、デジタルリマスター版を衝動買いしちゃってね。そっちは十年ぐらい前に買った古いやつなんだ。そういうわけだから、遠慮なくもらってくれよ」
その日は結局閉店まで客は二人しか入らなかった。恵美は未成年なので午後十時以降は法律で働けない。十時少し前に店のシャッターを閉め、奥で着替えて戻ってくると、いつものようにマスターが抹茶オレを淹れてくれていた。恵美が帰宅する前には、いつもこうやって一杯ごちそうになるのが二人の日課になっていた。
両手でカップを抱えて熱い抹茶オレをすこしずつすする恵美に今度はマスターが尋ねた。
「椎名君はなぜ抹茶オレがそんなに好きなんだい?若い女の子はもっとおしゃれな飲み物が好きかと思ってたんだけど」
「中学に入る直前に亡くなったおばあちゃんが大好きだったんです。あたし小学校までおばあちゃんに育てられたから」
「そうだったのか。君には懐かしい味なわけだ」
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