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 少年、山川明良(やまかわあきよし)はこの春買ってもらったばかりの自転車で、夜道を走っていた。LEDのライトで視界はそこそこ良好だ。  昨年度の小学四年生までは、通っている塾が学区外と言う事もあって母親に送り迎えをしてもらっていた。しかし、小学五年生にして身長が160㎝を越える程の体格の良さで、いつまでも親の送り迎えは恥ずかしいと思い始め、進級を期に一人自転車で通う事になった。  今まで車で一瞬の内に通り過ぎていた街並みは、自転車で通るとなかなか目を楽しませてくれる物だった。慣れてくると少しルートを変えたりして、新しい発見もあったりした。  そして、今夜もルートを変えたお陰で小さな公園を見つけた。自転車を停めるとその耳に微かな音が聞こえてきた。  歌声だ。大きな声ではないが、良く通る声。もう少しちゃんと聞きたくて、自転車を置いて公園の中に踏み込んでみる。  小さな公園なのですぐに歌声の主が目に入った。ブランコに腰掛け、綺麗なソプラノを響かせている。  この曲は知っている。明良の小学校で英語の授業をしたアメリカ人AETが歌って教えてくれた英語の曲だ。アメリカのみならず、日本でも良く知られたナンバーだと言う。しかしそのAETより遥かに耳に心地好い歌声だ。  ザリッ。  明良はそっと近づいたつもりだったが、砂を踏み締める音がその歌声を遮ってしまった。  歌声の主が明良の方を向いて、驚きに目を見開く。頬にかかった長めの髪がさらりと揺れて繊細な造りの顔が覗いた。  肩に届く程の柔らかそうな髪に、小さな体の割りに繊細な顔。それだけ見れば女の子に見えたが、着ている服はどう見ても男の子向けの物だった。  歌声の主は明良を驚きの目で見詰めたものの、すぐに目を伏せて立ち上がり、明良と反対の方向へ歩き出した。 「あっ……ちょっ、ちょっと待って!」  思わず上げた明良の声に、細い肩がびくんと震えて振り向いた。振り向いたその目には先程とは違って恐怖の色が浮かんでいて、おまけに足はじりじりと後退って明良と距離を取ろうとしているようだ。 「あ、あのっ、ごめん。びっくりした? 歌……歌をもう少し聞かせて欲しくて声をかけたんだ。いじめたりしないから」  しかしその子は元のブランコに戻らない。後退る事はしなくなったものの、明良を見詰めて何か考えているようだ。
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