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「ここ……お墓? あ! そう言えば、そろそろ一年たったわね……」
あの頃の明良はかなり酷い落ち込み様だったので、野上の記憶にも残っていたらしい。
「あっ、ちょっと! 私なんにも用意してないわよ! 山川君、言ってくれないんだもの」
「良いから。これで十分だから」
先程買ったドーナツの箱を見せると、野上は溜め息で渋々の了承を示す。
先日の休みに、前倒しで一周忌の法要を済ましているので、墓は綺麗なままだった。
線香に火をつけて一通り手を合わすと、後ろに立つ野上を振り返る。彼女も手を合わせてくれている。
「野上、ここ見てくれ」
墓の横、納骨された者の俗名と命日、没年齢が記されており、祖父母に続いて善生の名前が彫られている。
「え……あしだ……なんて読む名前なの?」
「あしだよしき……わかるか? 男だ」
野上が絶句している。
「俺の初めての相手は男だったんだ……小学生の頃からずっと好きで他の相手なんて考えた事もなかった。俺がちゃんと医者になったら、なんてのんびりしてる間……たったひとりで酷い生活を送ってた」
「ひとり?」
「小学生の頃に親亡くして、親戚の家に引き取られて、高校卒業まで……あれは殆ど虐待だ。自立してからも、かつかつの生活をしてて…………他にも、色々あって……途方もないストレスを受けてただろうな」
「……虐待なら、行政を介入させれば……」
野上の言葉に、明良は大きな溜め息を吐く。
「あの頃の俺はガキで馬鹿だった。善生を助ける方法はあった筈なんだ。でも、俺は……出来る事をやらなかった」
「…………」
「それでも、最後の最期、俺が医者になる事を凄く喜んでくれて……だから、俺が医者である事は善生を絶対に忘れない、って事なんだ」
明良は胸元からネックレスを引き出して、六角柱のペンダントトップを握り、目を閉じて額に押し当てた。
明良が迷ったり焦ったりした時、ネックレスが胸元をヒヤリと冷やして存在を主張した。そのお陰で毎度冷静に立ち戻れた。
しかし一年近くの間に、ネックレスの冷たさを感じる前に、野上に背中や頭を小突かれて冷静になる場合が増えていった。
ネックレスを握ったまま顔を上げて野上を見る。
「野上、初めての相手が男だった男、って……引くか?」
野上は溜め息をひとつ吐いて、視線を明良から外して墓に向ける。
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