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「…ありがとう。」
「えっ?」
唐突に、彼が、私にお礼をいうから、びっくりする。
不思議そうな顔をして、彼を見上げると、
「この樹の事、君、教えてくれただろう。だから、ありがとうだよ。」
やさしく、答えた彼は、すごく爽やかな笑顔を、私にくれた。
彼は、自分の首に巻いていた、真っ白なマフラーを、外して、私の首に、にふわっと巻いてくれた。
「はい…お礼。寒いから、これ巻いて帰りなさい。
返さなくてもいいからね。
家は、近く?…もう、遅いから、女の子は、早く帰らないと…。」
「えっと…あっと…いいんですか?」
「うん、いいよ。」
「…気をつかわせて、すいません。
こちらこそ、ありがとうございます。」
礼儀正しく、深く頭を下げる私に、彼は、
「気にしないで、帰りなさい。気をつけてね。」
にこやかに、笑いながら、手を振ってくれる。
「あっ、はい。…さようなら。」
ペコペコ頭を下げながら、私は、再び家路についた。
私の首に巻いてくれたマフラーは、肌触りが、すごくよくて、あの人の気持ちみたいに、温かかった。
あの人…ずっと、私を見てたのかな…それとも、緋寒桜の方かな?
その時の私は、彼が、一体、どこの誰であるのかも、彼が、とてつもなく有名人なのだということも、知らなかった。
ましてや、一年後、彼の横に、恋人として立っているなんてことは、これっぽっちも、思っていなかった…。
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