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●神谷●
連日、店を開くことはない。
正直客が来たかもうろ覚えだから、次の日は必ず蔵書の確認に使うからだ。
葉がおいてった鍋から煮物を摘まんで食う。
うん、冷えてっけどうまい。
軽く腹拵えをしてから、本棚を端から確認していった。
……ここ、足りねえ。
しかも間の巻だけ。
そういや昨日読んでいたんだったと座敷の上を探しても見つかんねえ。
代わりに小机の上には出しっぱなしの千円札。
て、ことは。
「……売ったのか?」
途中の一冊だけとか、変なやつ。
しかも文語体と古文の混じったような古い時代のモン。
中身は、鬼に恋した妖怪退治屋の悲恋もの。
描写は殆ど退治屋に偏っていて、心情の明かされない鬼には肉薄したものがなく薄情にも見てとれる。
描写がない分、想像は自由な筈だがどうにもそれに気づく奴が少ないのは、筆を運んだ筆者の思惑通りか。
とにかく結構気に入ってた本だけに、よく売ったなと昨日の自分が不思議だ。
今まで、請われても売らなかった本。
間を失い肩を寄せあう本を、しゃんと立たせる。
この本を買っていった物好きに、次に会えたら聞いてみるのも良いかもしれない。
―アンタは、この鬼はどんな気持ちだったと思う?
まあ、姿も声も覚えてねえから、会えるかどうかは向こう任せだ。
そいつは気づいてくれるだろうか。
恋慕を寄せる相手を敵(かたき)と拒み続ける、薄情な鬼。
本当はその鬼も、薄情な赤鬼にも人知れない悲しみと苦しみがあったことに。
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