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僕は思い切ってその棒付キャンディを彼女の口から抜き取ってやった。
すると彼女はこっちを振り返って驚いたようにわずかに目を見開き、そしてわずかに目を眇めた。
不思議な鳶色の少女の瞳に正面から見据えられ、心臓がドキンと一つ高鳴る。
微妙な表情の変化でよく感情を表す子だなあ、女優向きかもしれないぞ、なんて思って僕はついにやけた。
「何ですか」
警戒心一色の声色に少し焦ったが、彼女がヘッドフォンを外したのはいい傾向だ。棒付キャンディに伸ばされた彼女の手を反射的にかわす。
彼女は、むっと少しむくれてまた僕の目を覗き込んできた。目の奥の何かまで見透かされてしまう様なその視線にぞくっとした。
やっぱりこの子、いいぞ!
一人テンションが上がる僕に対して、彼女の雰囲気はどんどん冷めていく。そのことに気づいた僕は慌ててキャンディを返した。
「ごめんごめん! あ、えっと、何を見てたの?」
差し出されたキャンディをすばやく僕の手から掠め取った彼女がすぐにヘッドフォンをつけてしまいそうになったので、僕は慌てて言葉を紡いだ。
言ってから失敗したと思った。何を見てたのって、桜に決まってるじゃないか! あほか僕は。
彼女も僕と同じ評価を僕に下したことがその視線から見て取れた。
赤面してしまったが、意地で視線をそらさずにいると、彼女は「桜」と小さく呟いた。僕も桜に目を向ける。
「綺麗だね。桜好きなの?」
「嫌い」
僕は驚いて彼女を振り返った。桜に見入るその横顔は、どこか寂しげだった。
「どうして嫌いなの?」
彼女はしばらく散りゆく桜を見ながら沈黙し、やがてため息をついた。
「あんなに綺麗なまま散ってしまって、桜の木は哀しいと思う。いずれ取り残されて一人ぼっちになってもまだそこに居続けなくちゃいけない木が、辛い」
そんな。それは桜にだけ当てはまることではなく、むしろすべての生命に当てはまることだ。
だって僕たちは生と死の奔流の中に生きるしかないのだから。まるで世界の全てが哀しいような言い方じゃないか。
「……桜があんなに潔く散るのは、来年も咲くのがわかってるからだよ。だから彼は、寂しくないんじゃないかな」
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