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彼女がこっちを向いた。その目はさっきよりも驚きに見開かれていた。彼女の目がようやく僕という人間を認めたようだ。やれやれ。
彼女は数回瞬きすると、僕の言葉を身体に染み込ませるように深呼吸した。そして、笑った。
「そうかもしれないね」
彼女のほんのりと赤みを増した頬の、左側にだけ笑窪が浮かぶ。僕はしばらく何も言えずにいた。ただ驚いていたのだ。
何も言わない僕を不思議そうにしばらく眺めていた彼女は、もう僕に興味を無くしたようで、ヘッドフォンをつけようとした。
そこで僕はようやく金縛りから解かれ、慌てて問いかける。
「君、名前は?」
ヘッドフォンをつけようとしていた手を止め、彼女がまた僕を見た。
「あ、僕は眞柴想一。同じクラスだ。よろしく」
「遠藤真帆……よろしく」
こうして出だしからクラスで浮く二人は自然と一緒に行動することが多くなった。
二年生に上がっても僕たちの周りの環境はあまり変化しなかった。強いて言うならば、より干渉されなくなった。触らぬ変人に祟りなし、といったところだろう。
僕は映画と普通でないことにしか興味が無いし、普通でないことはこの学園に居ても意外と起こらないものなので、ただの熱狂的な映画オタクに成り下がっている。
真帆も真帆でまず人に興味が無いし、コンピュータに関することについてはオタクというよりももはや権威とでも言うべき域に達している。
「雨、やみそうにないし、帰ろうか」
「傘、入れてよね」
「……まあ、遠藤がいいのなら」
真帆は不思議そうに僕を見上げた。下から覗きこまれた僕は視線を逸らす。
「私はその方がいいに決まってるでしょ。濡れるのやだし」
うん、真帆はこういうやつだ。そう分かっているのに、いちいち意識してしまう自分が悔しい。
「はあ……。じゃあ行こうか」
彼女と一緒にいると、つきつくして出なくなってしまうのではと危惧するほどのため息が――しかも自分に対するため息が――漏れる。
やれやれ、だ。ほんとに。
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