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《あいあい傘》
「わ、やっぱり降ってきた」
朝から天気の様子はおかしかった。
どんよりした灰色の空で、風もなく、どちらかと言うと蒸し暑い。
一筋の光すらも見えなくて。
けど、それでもこれ位なら帰るまではもつはず!・・・なんて願望は、見事に覆された。
完全なる土砂降り。しかも、わたしは傘を持ってきてない。置き傘なんて以ての外だ。
何がなんでも早めに帰るべきだった。
こうして今、昇降口で苦虫を噛み潰したような顔になるのも必然といえるはず。
ーーーーー“あいつ”、まだいたりしないかな……?
ちょっとした好奇心から、そう思って下駄箱に引き返す。
上から二段目の、右の端っこ。
それが、“あいつ”の靴がある場所。
いっつも対応が冷たい、いわゆる“塩対応彼氏”な“あいつ”は、いつも部活で残ってることが多いからいる確率が高い。
なので、ぱかっと靴箱を開けてみた。
・・・・・・あ、ない。いつも部活あるくせに、今日に限ってないとかふざけてるでしょ。
ーーーーーなんでこういう肝心な時にいないのよ、あのバカ。
どう考えても、傘を持ってきていない自分が悪いのにわたしは不貞腐れてまたさっきまでいた場所へと戻る。
どうしようかな……ずぶ濡れを覚悟して駅まで走るか、それともお母さんに迎えに来てもらうか…
ーーーーーーーーーーダメだ、後者にした場合はあとでの見返りがこわい。
ここで待ちぼうけしてても仕方ない、か……
よし、覚悟を決めよう!
大丈夫、帰ってすぐにお風呂沸かして入れば問題はないはず。
ほんの少し、ほんの少しだけ背中とか足とかがじめっとするだけ…
「いや、結構それがキツいでしょ……」
誰にも突っ込まれるわけがないのに、わたしはがっくりと肩を落としてその場にへたり込む。
どのくらいの時間そうしていたのかはわからない。
だけど。
「いつまでそこにいるわけ」
「は…」
頭上から聞こえてきた声に思わずばっ、と勢いよく顔を上げるとそこにいたのはさっきまで求めていた“あいつ”だった。
「え?あれ、なん…ええっ?!」
「ちゃんと日本語話せ」
「だって!靴、なかったじゃん!!」
「お前…またスマホ見てないな」
不満げに言われた言葉に、慌ててカバンからスマホを取り出すと画面は真っ黒。
電源ボタンを入れてもうんともすんとも言いやしなかった。
「ご、ごめん…充電、切れてるみたい」
「だと思った」
わかってたなら文句言わないで欲しい。というかいつにも増して冷たい。
何このいじめっ子、腹立つ。
「今日、部活ないから一緒に帰るぞ」
「えっ」
「だから、正門前で待ってる」
「?」
「って連絡した」
と、同時になったのは最終下校時刻を知らせるチャイムの音。
いつも授業前とか後とかに鳴る音とはちょっと変わってる音だからすぐに分かった。
つまり、わりと長い時間待たせていたらしい……
「えっと…ご、ごめん?」
「いーよ、別に。んで、どーするの?」
「どーする、って…」
「今なら傘に入れてやれるけど?」
いつもベタベタするなとか甘えんなとか厳しい癖に……
どうしたんだ、急に。
わたしの顔が訝しげな事に気付いたのか、彼はため息をひとつ。
「お前、今朝傘持ってこなかっただろ」
「なんで知ってんの!?」
「教室で話してんの丸聞こえ」
「盗み聞きとか最低!」
「昼休み騒いでたのそっちだろ」
「むー…」
「膨れんなよ、可愛くねーな」
わたし、一応コイツの彼女のハズなんだけど。
なぜ今わたしは、文句言われてんだろうか。
昼休みに自由にしてて何が悪いのよ、まったく……
ていうか、傘差し出して来たんなら入れて欲しいし!!
「帰る」
「入らねーの」
「騒がしいって言われたから嫌」
「昼休みの話だろ」
「可愛くない、も言った」
「ガキみたいに膨れるからーーーーーでも嫌いじゃねーよ」
「・・・は?」
「さて、帰るか」
「ちょっと!今けっこー少女漫画みたいな事言わなかった?!」
「知るか、ばか…置いてくぞ」
とかなんとか言いながら、わたしの手を引いて立たせてくれて。
手、繋いでくれて…それに、傘に引き寄せてくれた。
なるほど、これがギャップというやつか……
「ふふふっ」
「何笑ってんだよ」
「だって、なんか彼氏っぽい」
「放り出すぞ」
「うそうそ、ごめんって」
「ーーーーーたまには、さ」
「ん?」
珍しく、握られている手の力が強くなった。
よく分からなくて、首を傾げると傘の柄が傾いて唇が塞がれた。
「傘の中なら、誰にも見られないから悪くねーよな」
「~~~~~~~~~~っ……」
意味がわからない、わからない!
いつも塩対応するくせに…ずるい、ずるいよコイツ!!
雨の日にしか、見られなさそうな彼の本音に振り回された帰り道。
ちょっとだけ、雨に感謝…なんてね。
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