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「昨日は……ありがとな」
杏那は目を見開き、照れくさそうに礼を言う輝十を凝視する。
「な、なんっつーか、まあ、おまえにも結果助けてもらったしな。おかげで俺の貞操は守られたわけだし。礼を言うよ」
頭を掻きながら、視線を彷徨わせる輝十。そんな様子を目の前にすれば、その言葉を口にすることがどれだけ勇気がいることかわかる。
まさか礼を言われると思っていなかった杏那は、きょとんとしていた。
「な、なんか言えよ! 恥ずかしいだろーが!」
無反応、無口のまま、じっと見てくる杏那に返事を急かす輝十。
杏那は悪戯に微笑み、
「貞操守れてよかったって、女の子みたいなこと言うねぇ」
「う、うるせえな!」
「人間の男は早く童貞を捨てたがるものだと思ってたけど」
「そっ、それは否定しねえけど……相手が誰でもいいってわけじゃねえからな」
杏那はぷくくっと含み笑いをし、
「なにそれ乙女?」
輝十を小馬鹿にし、腹を抱えて盛大に笑い出す。
「だあああああもう! うるせえな! いいだろ、別に! 俺が助かったって言ってんだからよ!」
顔を真っ赤にして言う輝十を見て、
「ま、俺は人間に優しく、悪魔に厳しくがモットーだからね」
杏那は笑みを消して真剣に言う。
そして「えっへん!」と言いながら、形のいい胸を叩きながら反って見せた。
「輝十くんの童貞の一つや二つ、守るのなんて容易いご用ってこーと」
「童貞が一つも二つもあってたまるかよ」
そう突っ込みながら杏那に背を向け、服を脱ぎ捨て制服に着替え始める。
「あ。あと、それいらねえから」
「それ?」
「くん付け。気持ちわりいだろ。いいよ、呼び捨てで」
シャツのボタンをかけながら言う輝十をまたしても驚きを隠せない顔で凝視する杏那。
しかしその顔は次第に緩み、優しく微笑む。
何か言ってからかおうかと思った杏那だったが、そこはあえて言わずに飲み込んだ。嬉しそうに輝十の背後で胡座をかいて、着替えるのを観察している。
「つーか、おまえ……」
ボタンをかけおえた輝十は振り返って、腰に手を添え、小姑のように周辺を指差しながら怒鳴る。
「これ片付けろよ! 片付けるまで学校くんな! いいな!」
「えー」
輝十の指差したあらゆるところにチョコレートの食べたゴミやら、チョコレートそのものが散らばっていた。
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