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「だっておじさんのチョコレート大好きなんだもーん」
「チョコレート好きなのと散らかすのと関係ねえだろーが!」
杏那は甘えた声で駄々こねるように言うが、それをすぱっと切り捨てる輝十。
「おまえが昨日の昼、食ってたクッキーも親父が作ったやつだろ?」
「うん、そう。おじさんの作ったお菓子は昔から好きなんだよねぇ」
「……昔から?」
輝十は気になる語句を耳にし、そのまま問い返した。
「詳しくは覚えてないんだけどね。おじさんに聞いた話では、俺がおじさんを助けてそのお礼にお菓子と将来子供を婚約者としてくれるっていう約束をしたらしい」
「らしいって、おまえ覚えてねえのかよ」
「お菓子の味だけははっきりを覚えてんだけどねぇ」
輝十はいらっとした顔で、問いただす。
「ほら、もっとあるだろ? 何から親父を助けたのか、とか! なんで親父がそういう目にあってたのか、とか!」
「うーん。それが本当に覚えてないんだよ。なんでだろうねぇ?」
「なんでだろうねぇ? じゃねえよ、呑気だなおまえ。じゃなんで婚約者なんて馬鹿げた話を引き受けたんだよ。親父に聞かされただけで、おまえは覚えてなかったんだろ? 断ればいいだろーが断れば」
杏那はそれはないない、と手を振って全力で否定する。
「いやいや、だって面白そうだし」
「なっ! もしかしておまえ……そんだけの理由で……」
「うん。約7割は」
呆れかえっている輝十に、杏那はいつもの笑みを向ける。
残り3割は他に理由があったが、それはあえて口にしなかった。
「まあいい。とりあえず片付けるまで学校くんなよ、ぜってえだからな」
「えー」
「うーん……」
輝十は頬杖をついて、移り変わる窓の外を眺めていた。
杏那の言っていた“覚えていない”が、どうしても引っかかるのである。
覚えていながら嘘をつき、自分に言わないだけなのか。それとも本当に覚えていないのか。
「悪魔ってそんなに物覚えわりいのかよ」
輝十は窓の外を睨むかのように目を細める。
そんなはずはない、と思うのである。もちろん悪魔について自分はよく知らない。しかし語り継がれてきた空想上の生き物として考えても、そんな簡単に記憶を失うようには到底思えなかったのだ。
「そのうち埜亞ちゃんに聞いてみるか」
彼女なら色んなことに詳しそうだしな。
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