報い

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「……」  畳の上に残されていた湯呑みを急須と一緒に流しに置いて、僕は勝手口のほうをちらっと見遣った。  たたきにはドアノブに服の袖を引っ掛け、首を吊った女がうずくまっている。  微かにつんとした臭いが鼻についた。失禁しているのかもしれなかったが、もう彼女のことはどうでもよかった。  静けさを取り戻した台所から廊下を抜け、玄関で靴を履く。  鍵はどうしようかと一瞬躊躇った後、そのまま出ることにした。  空は変わらず曇天だったが、僕は胸がすっとしたような、この体にぽっかりと穴が空いて何かが抜け落ちたような、不思議な軽快さを感じていた。  その代わり、内ポケットがやけに重い。  久しぶりに、煙草が吸いたいなと思った。  帰りがけに酒を買って、部屋で飲もう。  ささやかな贅沢も、今日からは許されるだろう。  僕は怠い右腕を上げて、ポケットからカローラの鍵を取り出した。 ◆『揺れる枯れ枝のように』完◆
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