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北から冷たい風が吹き付ける季節になった。
「榎本さん」
奥さんが出てきて、手にした鍵を僕によこした。
「すみません」
「いいのよぉ、用事なんでしょ? 珍しくスーツ姿だし」
車がないと困るでしょと言って笑う奥さんの手から、赤い車のキーホルダーが付いた鍵を受け取る。
小さなワーゲンビートルのころころとした感触を掌の中で確かめる僕は、「お借りします」と言って奥さんに頭を下げ、敷地の外れにある車庫へ向かった。
白いカローラに乗り込み、エンジンをかけて走り出すまで、玄関の引き戸のカラカラという軽やかな音が耳の奥に残っていた。
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