報い

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 僕の体は家の前で立ち止まったまま、動こうとしなくなった。  引き戸をぼんやりと見つめる。  以前から表札がないこの古い家には、吉沢さんという人が住んでいる。  僕はようやく上げることができた右手の握り拳で、色褪せた戸を控えめに三度叩いた。  家の中からは何も帰って来ない。  再び三度叩く。さっきよりは、少し力強く。  長居したくなかった僕は、吉沢さんが――もし家に居るなら――早く出て来ることを祈った。  その間、居なかったらという不安と、会わなくて済むという期待の両方が、胸の中で膨らんでいく。  しばらく玄関の前で立ち尽くし、小さくはあと息をついた時。  引き戸のすりガラスの向こうに白っぽい影が揺らぎ、カチャカチャという音がして。  十センチ程開いた戸の隙間から覗く瞳が、息を詰める僕を虚ろに見上げた。
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