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それでもある時を境にぱったりと本を開かなくなってしまった。世界にとっては大した事件でなくても、俺にとっては大きな……大きな事件が起きたからだ。
そうして解ったんだ。この世に神などいないということが。
なのに、その矢先にこれだ。
俺はもう一度、外を眺め続ける少女に視線を戻した。まだ外を睨みつけている。声を掛けようかとも思ったが、名前がまだわからないことに気がついて、そのことについて触れてみることにした。
「なぁ、さっきは訊きそびれちまったけど、名前……なんていうんだ? 呼び名もないなんて不便だし。教えてくれよ」
少女が振り返り、目をぱちくりとさせた。
吸い込まれそうな黒瞳が俺の姿を捉える。目鼻立ちは通っていて日本人離れした顔をしているが、瞳の色は日本人よりも生粋な黒。烏の濡れ羽のように艶やかな瞳で見つめられていると、何だか息もしづらくなる。
「吾輩は……」
「いや、それもういいから」
「む……」
俺が出鼻を挫くと彼女は不機嫌そうに眉を顰めた。名前を言うのが嫌なのか?
「いい加減本当に教えてくれよ。こっちだってもういっぱいいっぱいなんだ。少しでも状況を整理したいんだよ」
俺が困惑しているということをできるだけ理解してもらえるよう切実に声を出した。それを聞き届けると少女も僅かに眉根を寄せ、
「済まない。名前は本当にない……名付け親になってくれないか?」
言った。
「……」
俺に? ちょっと変わった物がたまに見えてしまうという特殊体質ではあるが、ごく一般的な高校二年生である俺を捕まえてほぼ同世代の女の子の名付けをしろと?
気が遠くなった。ここから全てを始めないといけないのか。
立ちあがり、本棚から埃を被っている神話関係の本を一つ手に取る。表紙はぼこぼことした殴り跡がみられ、中身にもぐしゃぐしゃになったページなどが数多くある。自分でつけた跡だということを強く再認識することになり歯痒い思いをする。もう、この本は開くことなんて無いと思っていたのに。
場合が場合なので仕方なくとりあえずここから一つ適当に名前をチョイスしようと考えた。とてもじゃないが普通に考えて女の子の名前なんて思い浮かびそうにない。
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