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「……すまない」
それは担ぎ上げたことへの礼だと思った。だが、次の一言でそれは間違いだということに気付く。
「さっき助けてやったんだ……今度は我の番だ。一度は落とした命……失ったとしても悪く思わないでくれ……」
視界が覆われた。迫る闇は少女の掌だった。ぐっと額を捕まれると意識は地よりも深いところまで潜り、引き摺り込まれ、咀嚼され、蹂躙され、そして――
堕ちた。
◆
「ふふふ……今回はまた手酷くやられたものだね」
世の全ての女性から嫉妬を買うような端正な顔と美麗な長髪をもった貴人が、荒々しさを纏ったまま館へと戻ってきたベリアルに大らかに声を掛けた。
大雑把に光の槍を引き抜くとベリアルは床に片手を着いた。持っていた槍は霧散し、空になった手の平をわなわなと見詰めた。
「……この程度、大したことはない……」
「流石ですね……悪魔王を名乗っていただけのことはある」
「その呼び方はよせ……」
「では、流石ルシファーと肩を並べる七大悪魔、と呼んだ方が良かったかな?」
「……ふん、“破滅の神”がよく言う……」
神格位を得、この世界に留まっていればこの程度の傷など大したことではない。ベリアルは腹を押さえたまま簡素なベッドに横になった。
「まるで女のような顔をしている優男のくせに、『ソロモンの魔神の一柱』であり悪魔二百個軍団の長か……ペイモン、貴様なぜルシファーなんぞの下に甘んじる? 野心はないのか?」
その言葉にペイモンは柔らかい表情のまま、神気を張り巡らせた。
「たとえ貴女でもルシファーを卑しめる発言は聞き捨てなりませんね……貴女の炎と、『四界王』の私の炎……どちらの火力が上か試してみますか?」
「やれやれ……呼び名の多い奴だ、ふっ……ほんの冗談さ」
「ふふふ……私も冗談ですよ。貴女とやりあえば私だってただでは済まない。たとえ、手負いの貴女だとしても……」
傍目から見れば絶世の美女とも言える二人のやり取りが館に静かに響く。
「では私はそろそろ休ませてもらう……この傷ではしばらくは安静だ」
「そうした方がいい。元『力天使(ヴァーチャー)』の貴女ではあちらの世界で十分には力を発揮できなかったでしょう。ゆっくり休んで下さい」
「ふん……ルシファーも……人間界も、必ず救ってみせるぞ……」
「ええ、必ず……」
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