導べ

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「優香ちゃーん。シズさんの採血お願いねー」 今日も板谷さんの朗らかな声が聞こえる。 「えっ。今田中さんの心電図を」 「そんなもん、すぐ終わらせてワシんトコに早う来い!」 そして続くは今日も元気な患者様――稲葉シズさんの声。 川上村診療所のいつもの風景です。 川上村は長野県の東端に位置し、周囲を山々に囲まれた自然豊かな村。人口5千人弱の小さなこの村には病院がなく、国保直診の小さな診療所が一つあるだけ。 私、大崎優香は先月からこの川上村診療所で看護師として働いてるわけなんだけど……。 「早うせんか! こんなか弱い年寄りを立たせたまま待たす看護師なんぞ他におらんぞっ」 「すみませんねー。こちらの椅子にどうぞ」 この方はウチの常連……じゃないウチの通院患者さんで、稲葉シズさん。89歳。 あと半年ほどで90歳になるはずのこのお婆さんは誰もが驚くほど元気がいい。 イヤ。正確には高血圧はあるし心臓だって弱ってきてる。 んだけど……どうしようもなく口が悪いんだよね。口が。 「一回でちゃあんとやってくれよ?」 ……まったく。 「はいはい。一回でうまくいくようシズさんも協力しくださいね」 ついむっとした感情を表に出してしまえば、 「はぁぁ~。やっぱり若いもんはなっとらんねえ。  患者相手にそんな態度とるよう教育されとるのかい。  あーあー、世も末だねぇ」 何倍もの仕返しが待っている。 「まあまあシズさん。相変わらず優しいこと」 いやいや、板谷さん。今何とおっしゃいました? 優しいって? 誰がぁ~? 「ふんっ」 いや。シズさんも。眼ぇそむけて赤くなってるけど……。 まるでツンデレキャラみたいじゃないですか。 全然可愛くないけど……。
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