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その瞬間、バケモノは泣き叫ぶのを止めた。
自分の目の前で砕かれ、散らばった水瓶を静かに凝視した。
そして微かに声を漏らし、姿を砂へと変え、風に乗って消え去った。
同時に海に染みていたバケモノの黒い体液も、煙のように浮かび上がって去っていった。
バケモノが去った後。
大きな身体を貫いていた無数の剣と、青年が握っていた水晶の剣も、水となり海に還っていった。
ーーそうしてさっきまでの騒音が嘘のように思えるほど、静かに波打つ海が戻ってきたとき、
「お待たせ」
青年はまた、未だ固まっている少年の傍へと戻ってきてくれた。
「もう体調はよくなったの? いきなりこんな動き回るとは思わなかったよ」
その言葉に少年はハッとなり、目を丸くした。
「じゃあ、あなたが僕を…!?」
「君を見つけたときすっかり弱っていて、”あ、ヤバイな”って思ったんだ。
色々やってみたけど、結構心配してたんだよな…。良かった、本当に」
「あの…、本当にありがとうございます! もうダメだって、死んじゃうかもって本当に思ってたから…、その、ありがとうございます!」
「そっかそっか。そうだ君、名前は…なんていうの?」
「え、僕ですか…? 僕は…」
ふと、今日見た夢を思い出した。
仲睦まじい家族3人を遠巻きに見る夢を。
2人の優しい大人に挟まれた、幸せそうな子供のことを。
そして少年は、青年を見つめて答えた。
「僕は…”リクヤ”。リクヤっていいます」
そう呼ばれていた、幼い自分を思い出して。
「そう…。リクヤって、いうんだね」
名乗る少年…リクヤに、青年はどこか満足そうに頷き、微笑んだ。
そんな青年に、リクヤは訊き返した。
「あの、あなたは…」
訊ねるリクヤに、青年はほんの少しの間を置く。
そして、
「…”シオン”。俺の名前はね、シオンっていうんですよ」
”シオン”
海の広がる夕日を背に、青年は自らの名前を伝えた。
「……”シオン”…」
わざとらしく敬語を使いながら、落ち着いた黒髪を風に揺らして微笑む姿は、大人びた雰囲気の中にどこか幼さを残している。
そんなシオンに、柔らかで懐かしい印象をリクヤは感じていた。
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