広がる海の街

2/18
前へ
/359ページ
次へ
「”人魚”…?」 「そう、人魚」 二人は今、仄かなオレンジのランプの光に頼った、薄暗い部屋で会話している。 あれから家に戻った二人は、シャワー、食事を済ませた。 そして今、シオンは眠る前の子供に昔話を聞かせるように、ベッドに潜っているリクヤにこの世界の話を言い聞かせていた。 彼が今語っているのは、あの恐ろしい怪物のことだった。 「上半身が女性の身体で、下半身が…ほら、魚みたいだっただろ? だから、皆、人魚って呼んでいるんだ」 シオンは身体全体を毛布で包み、ベッド傍に頭と身体を持たれ掛けながら、相槌を打つリクヤに続けた。 「あいつらは、持っていた水瓶で海の水を奪っていくんだ。 そうして自分達の力を増幅させて、もっと大きな、恐ろしいものになっていく」 「…海って、もっともっと深いものじゃないですか? その水があんなに浅いのは、あの人魚に持っていかれたから、なんですか?」 この問いかけに、シオンはリクヤから顔を背け、その顔の半分を毛布に埋めた。 「…いや、あいつらじゃないんだ」 答え、しかし。 すぐにそれを、自ら否定する。 「ん、一応あいつらなんだけど。なんというか…あんな弱々しいものじゃなかった。 もっと恐ろしい、終わりの塊って感じ、だったかな。 たったの一回で、ほとんどの海を飲み込んでった」 眉をひそめながら、また続ける。 「…初めてそいつに会ったとき、俺は水を操る力を持っていなかった。 だから、何も出来ないまま…、あいつを好き放題させてしまったんだ」 声を掠めるその後ろ姿に、かつて彼が抱いたであろう悔しさが、ひっそりとリクヤに伝わった。
/359ページ

最初のコメントを投稿しよう!

256人が本棚に入れています
本棚に追加