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「”人魚”…?」
「そう、人魚」
二人は今、仄かなオレンジのランプの光に頼った、薄暗い部屋で会話している。
あれから家に戻った二人は、シャワー、食事を済ませた。
そして今、シオンは眠る前の子供に昔話を聞かせるように、ベッドに潜っているリクヤにこの世界の話を言い聞かせていた。
彼が今語っているのは、あの恐ろしい怪物のことだった。
「上半身が女性の身体で、下半身が…ほら、魚みたいだっただろ? だから、皆、人魚って呼んでいるんだ」
シオンは身体全体を毛布で包み、ベッド傍に頭と身体を持たれ掛けながら、相槌を打つリクヤに続けた。
「あいつらは、持っていた水瓶で海の水を奪っていくんだ。
そうして自分達の力を増幅させて、もっと大きな、恐ろしいものになっていく」
「…海って、もっともっと深いものじゃないですか? その水があんなに浅いのは、あの人魚に持っていかれたから、なんですか?」
この問いかけに、シオンはリクヤから顔を背け、その顔の半分を毛布に埋めた。
「…いや、あいつらじゃないんだ」
答え、しかし。
すぐにそれを、自ら否定する。
「ん、一応あいつらなんだけど。なんというか…あんな弱々しいものじゃなかった。
もっと恐ろしい、終わりの塊って感じ、だったかな。
たったの一回で、ほとんどの海を飲み込んでった」
眉をひそめながら、また続ける。
「…初めてそいつに会ったとき、俺は水を操る力を持っていなかった。
だから、何も出来ないまま…、あいつを好き放題させてしまったんだ」
声を掠めるその後ろ姿に、かつて彼が抱いたであろう悔しさが、ひっそりとリクヤに伝わった。
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