最愛の貴方に花束を

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潮風を感じる駅に、降り立つ。 車両の中が無人なら、降りた駅も無人だった。 リクヤは特に迷うことなく改札を抜け、駅を出る。 田んぼと、緑、コンクリートではない土の道路。 それを肌で感じて、視界に広がる度に、都会で溜まった毒気が抜けていくようだった。 時々田んぼの中で作業している人を見つけるが、それだけだ。 子供達は学校だろうし、大人達は仕事場にいるんだろう。 結構な距離を歩いたが、滅多に人とはすれ違わなかった。 それもまた、疲れた身体を癒してくれるんだけど。 そして見えてくる、近付いてくる潮風の源に、リクヤは心を弾ませた。 遠出に疲れていた身体が、急ぎだす。 白い砂浜、空が映る青い水面、砕いた宝石が沈んでいるかのように輝く海。 リクヤの視界に映っているのは、全てが懐かしく、愛しい姿だった。 海。 沢山の想いが募った、僕の大好きな海。 傍に引っ越してくることを考えたこともあったが、結局それを実現させることはなかった。 海が自分にとって大切な存在なのは、きっと変わらないだろう。 しかしいつも近くにあることで、いつかその想いが薄れていってしまう様な、そんな気がしていた。 だから、遠くにあるくらいが丁度良かった。 砂浜を踏み締める。 靴を通して伝わる柔らかさを感じ、足を纏う靴も靴下も脱ぎ去りたくなりながら、懐かしい海へと歩み寄る。 微かに吹く潮風が、凪いだ海をほんの少しだけ揺らしていた。 「思い出すね」 リクヤは言う。 傍で、海の上をはしゃいで跳ね回る、出会った頃の姿と変わらない、幼い姿のままのイドに向かって。 無邪気なその姿に、リクヤは微笑む。 「遠くに行っちゃダメだよ」 それだけ告げると、リクヤは持っていた花束を、包装紙から外した。 包装紙は綺麗に折り畳み、鞄の中へ閉まってしまう。 手元に抱えているのは、人口物を一切加えていない花達だけになった。
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