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街の外へ出た。
眼前には悠々と広がる海。
ひび割れた雲から朝焼けが射して、たゆたう水面を輝かせる光景はとても幻想的で、好奇心すら忘れて佇んでしまう。
素足を包む波は優しく揺れ、静かな波の音は、耳を済まさなくとも響いてきた。
ーー海の最果てを見つめていると、自分の識る最初の記憶が浮かぶ。
それはやはり、暗く寒い夜空の下を歩き続け、そして力尽きたあの日だった。
それ以前の記憶は、この街に滞在して数十日が過ぎようとした今ですら、まだまともに思い出せないままだ。
ただひとつ胸に宿っているのは、自分と思われる幼い子供が、親と慕う男女に可愛がられていたこと。
だけどそれも何故か、夢のようにぼんやりとした感覚だった。
”お父さん、お母さん”と呼んで縋り、甘えていた自分。
そんなかつてが、本当に自分にもあったのだろうか。
分からない、実感がなかった。
”僕は、どこから来たのだろう”
”どこから来て、どこへ向かうつもりだったのだろう”
”僕は、何者なんだろう”
…波はその問い掛けにもただ揺らめくだけで、何も答えてはくれなかった。
「シオンくん…、そろそろ起きるかな」
ーーリクヤは踵を返し、街へと戻り始めた。
寝静まった街の、ただひとつの坂道。
頂上にある庭園の泉から流れてくる水を踏みながら、自分が帰る場所に向かって歩いていく。
その最中、リクヤはふと思った。
この街にきて、随分経った。
それなのに、シオンくんやルナ達以外とは、まだ一度も会ったことがないということを。
家のような建物はたくさん並んでいるのに。
夜は、その家々が内側から輝き、オレンジの光で溢れているのに。
何故だろうか。
幽霊が住んでいるかのように静かだが、その灯りからは、確かに生活感が感じとれるのに、と。
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