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その日、天を覆っていたのは闇だった。それも纏わり付くような重苦しい雰囲気を持った晦冥だ。光という光を飲み込み、陰湿な空気を吐き出す雲は生物さながらに蠢き、新たな光(エサ)を求めるかのようにその怪異な体躯を走らせていた。
そんな雲の下で煌々と光を放つ大きな街がある。
街の中央には線路の束の集う場所に大きな白亜の建築物がある。それは地上七階建ての駅ビルだ。
まだ終電と言える時間ではないというのに駅に人影はない。
駅だけでなく周りのビルやコンビニエンスストア。ありとあらゆる場所からは人の気配すらしない。
すべて無人。音も動きも何もない世界。粛々たる空間がそこにはあった。
しかし、それは突如として破られる。
静寂を砕いたのはガラスが割れる音だった。
駅ビルの南口の二階部分。
二人の人間が息を荒げながら走っていた。ガラスに映るシルエットは女性と子供のものだ。
走りながら、何度も何度も後ろを振り返る。
二人が走っていた道は次第に靄のような闇へと飲み込まれていた。
何故このような場所にふたりがいるのか。それは本人たちにもわからぬことだった。
気が付いたらココにいた。気が付いたら何かに追われていた。
何故自分たちが追い回されているのか、何に追われているのか、何も分からぬまま必死に走り続けていた。
駅ビル内部。
必要最低限の明かりが灯るエスカレーターの踊り場。そこにひとつの影が、荒い息とともに足を止めていた。
小さな非常灯の下、髪を乱した姿は三十代前半とみられる女性と、五歳くらいの少年だ。
少年を抱えて立ち止まる。体を前に折りつつ、唇が言葉を音無く作る。
「なんなのよ……いったい、あれは」
腕の中の少年を抱きしめる力が強くなる。
――さっき見たのは夢だった。だから、自分たちは大丈夫。
何度自分に言い聞かせても、身体の震えが止まらない。それに、本能的に"アレ"に追いつかれてはならないと警告が頭の中を駆け巡る。
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