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まずい現場に居合わせた、と私は後悔するしかない。
電話は入り口近くの壁。私は最奥のベッド。そしてここは二階と来たもんだ。逃げ道を封鎖された私は大人しく寝ているフリして聞かなかった事にするしかない。
内心ドキドキな私とは裏腹に、電話での談笑は続く。
「――え、午後の授業ですか? それは致し方ないかと。気分が悪いと主張する生徒たちを叩き出すのも忍びないので……」
しかし、と保健室教師は加え
「放課後に課題でも補習でも何でもすればよいのでは? もしくはその両方。終わり次第、口頭審問などでちゃんと出来てるか確認を取るというのは――」
「はっ! 急に気分が良くなったぞ!!」
「そう言えば次の授業は俺の大好きな科目だったな!」
「あぁ! 持病の授業受けたい症候群がっ」
どうやら午後の授業をエスケープしようと企んでいたのは私だけではなかったようだ。
電話での会話を聞いていた怠け者たちはベッドから即座に立ち上がると脱兎の如く保健室から各々の教室へと向かって行った。
「はい、結構結構。それで、君はどうして残っているのかな?」
電話での会話を終えた原田がカーテンを開け、問いを投げかける。
――逃げ遅れたぁ!
死して屍を拾う者無し。
他人に情け容赦など駆けぬ我が校の生徒たちは、時に団結こそすれその性格は基本淡泊だ。
自分の身は自分自身で守る、というのが生徒間での暗黙のルールである。
他にこの部屋にいるのは未だ目を覚まさぬ犠牲者のみ。
――ならば、この場は私個人の力で切り抜けねばならないッ。
「まだ気分が悪くて……、しばらく横になっててもいいですか?」
既に向こうから言葉が来ているため、考える時間はない。
即座の返答が求められた場。ならば、このまま体調不全の生徒を演じる他に退路は無いと判断した。
嘘を吐くなと言われると私は思っていた。もしくは、本当に気分が悪いのか再度確認してくるかのどちらかだと。
どちらが来ても対応できるように逃げ道を考える。
だが、それは徒労に終わった。私の想像の斜め上を行くような緊急事態がそこで勃発したからだ。
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