第一話 『爽やかな空、穏やかでない一日』

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 ――まったく、攻防ともよく出来てる。  一見、力に物を言わせたようなタイプに思えるが、その中身は堅実家だ。  左の買い物袋の三百六十五度、変幻自在な動きで中から遠距離間を制圧し、獲物を追い立て回して、弱らせる。  変則的な動きに為す術のない者達は中・遠距離レンジ者が不得手とする近距離戦を選び、突貫する。しかし、それこそ彼女が作り出した罠であり、彼女自身を常勝へと導く。意図的に隙を作ることで相手を射程圏内へと誘導し、攻防共に備わった必殺の一撃をお見舞いする。 「だったら……っ!」  私は鞄へと手を入れ、筆箱に入っていたシャープペンシル三本を女性へと投擲した。しかし、女性はそれを買い物袋で薙ぎ払い、勝ったと言わんばかりの表情で私を嘲笑う。  私は拳を強く握り締め、唇を固く結んだあと、 「……ふっ。この勝負、私の勝ちよ!」  勝利宣言と共に前進した。  女性は一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐさま私を迎撃するために左の買い物袋を横薙ぎに振るった。  瞬間、大きな破裂音と共に女性の買い物袋が無惨にも散り、中に納まっていたものを無様にもぶちまけていく。  一瞬の隙。そんな美味しい所を私が見逃すはずもなく。 「おりゃあぁぁぁッ!」  鞄を下から上へとスイングし、女性の顎を振り抜いた。  脳震盪を起こした女性は足をガクガクと震わせた後、ガクリと膝を付き、そのまま前のめりに床へのダイブを敢行。起き上がることはなかった。 「自分の得物をしっかりと手入れしていなかったことが貴女の敗因よ、マダム」  一度言ってみたかった決めゼリフを格好良く決め、女性の足元に転がる投擲物を回収。  今回はこれが無ければ床に横たわっていたのは私だっただろう。  女性はあの買い物袋で何人もの人間を沈めてきたのだろう。その分負担もかかっていたため、買い物袋は既にボロボロだった。だから私はシャープペンシルを投擲することでキッカケを作ったのだ。買い物袋が自壊するキッカケを。  正直言うと本当に破れるとは思っていなかったが、結果オーライだろう。もうこうなっては策もへったくれもない。ものだと思うけど。  安堵の息を吐くと同時に、私は勝利を手にした。  手に取るのは豚肉五百グラムのパックを三つ。颯爽と戦線離脱しホクホク笑顔。  会計を急いで済ませ、何を作ろうか悩みながらスキップ混じりで帰路へとついた。
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