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後ろからは底知れぬ恐怖。
暗闇の中、得体のしれない影が自分たちにその鋭利な凶器を向けている。
外に出たからだろうか。影を纏う何かが月明かりに照らされ薄らとではあるがその姿形を垣間見る。
影は人であった。
表情はない。眉一つ動かさず、その濁った眼でこちらを見てくる。
生気のない瞳。感情などソレにはなく、ただの操り人形のようだ。
二人は走る。姿が見えたところでどうすることも出来ないのだ。今はこの場から逃げ延びる以外に選択肢など存在しない。
影はすぐさま追いつこうとはしなかった。
しかし、徐々に徐々にその距離を詰めていく。
開いたと思った次の瞬間には先程よりも二人に近い位置に立っている。
ようは楽しんでいるのだろう。追いかけられる側に勝ち目は万に一つとない、この出来レースを。
走り始めて二十分も経った頃か。ついに女性の身体が悲鳴を上げた。
足がもつれ、無様にも転倒する。
走れと頭が信号を送っても小刻みに震えるばかりで足は言うことを聞かない。それに、転んだ際に足を捻ってしまったようだ。関節部からズキリと鈍痛が走る。
もう限界なのだ。
成人してから全力疾走どころか体を動かすことなどまずなかったし、更に今回は少年を抱えて走り続けいた。
結果、足はパンパンに腫れあがり、痺れるような感覚が下半身全体を覆っていた。
「お、お母さん!」
腕の中にいた少年が叫んだ。心配からか、恐怖からかはわからないが、目に涙を溜めている。
「お母さん、足を挫いちゃったみたい。後で追いつくから」
先に行きなさい。
悲しくないと言えば嘘になる。
けれどせめて、せめてこの子だけでも生きていてくれれば……。
彼女の想いとは裏腹に、少年は彼女の腕にしがみつき「いやだ」と言った。
彼女にはその言葉が嬉しくて、同時に悲しいものでもあった。
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