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ついにあの足音がしなくなった。
振り返れば、すぐ後ろには自分たちを追いかけてきた”何か”が立っていた。
黒ずんだ肌。ただ一点を見続ける淀んだ眼。閉まらずに開け放たれた口からは緑の吐息がもうもうと漏れている。ダランと下げられた腕には所々に切れ目や穴。糸で縫い合わせてある箇所もいくつか見受けられた。
それは二人の前に立ち尽くすだけで何もしない。
ただじっと佇んでいる。面白がるわけでもなく、感傷に浸るわけでもない。
主の命令を待つ犬のように、ひたすらに何かを待っているように。
待つ理由は何だろうと、いつかは殺されることに違いはないだろう。
しかし、足がカタカタと震え、立つことすらままならない。
恐怖で一杯になった頭で必死に思考を行うものの、頭の中は真っ白。何も思いつかない上に、考える余裕もない。それでも彼女は生きるために、その恐怖から逃れるために頭を動かし続けた。
だが、その思考は暗がりから聞こえたアスファルトの地面を打ち鳴らす音で中断させられる。
コツ――。コツ――。コツ――。
音の正体は靴だ。
誰もいないはずのこの場所に人がいる。助かるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、彼女は音のするほうへと身体を向けた。痛む足を引きずりながら。
現れたのは、黒いコートを羽織った長身の男だった。
被られた帽子は目深でコートの襟を立てているせいか顔を見ることが出来ない。
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