第零話 『改変の時、魔女の存在』

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 コートの下より男の片腕が持ち上げられた。  ゆるり、と左腕を肩と水平になるまで持ち上げる。その掌は力なく広げられており、遠くの誰かを呼び止めるような、そんな仕草に似ていた。  男は何かを握り潰すように開いていた掌をぐっと握る。  直後、立ち尽くすだけだった人形がゴギリと気味の悪い異音をたて、動き出した。 「……追いかけっこは終わりか?」  底知れぬ冷徹さを持った、ドスの利いた声。  男は二人の味方ではなかった。  命を狩ろうする者。二人を追いかけまわしていたものの正体。 「う、ぁ………」  声など出せるはずがない。完全に男の持つ雰囲気に呑まれてしまった。  頭の中は真っ白で、何も考えられない。  真っ白な頭の中に文字が浮かび上がった。  ――死にたくない。  ――まだ生きていたい。 「やめろ!お母さんにいじわるするな!」  少年が叫びながら人形と母親の間に割って入り、人形の動きを止めようとする。  それを見た男は少年をギロリと睨むと、握りしめた掌をゆっくり解く。  それに応じて隣にいた人形は力なくダランとその身体を垂らした。 「そんなに母親が好きか?」  男はそう問うた。  少年は何も言わずに、ただ泣きながら頷くだけだ。  そうか、と男は懐かしむような、それでいて哀しい眼で少年を見る。 「……誰も助けられない、己の無力さを嘆くがいい」  男は深く息を吸うと、ためらいも無く腕を振い人形を操った。  伸ばされる継ぎ接ぎの腕。  少年のか細い首を捻じ切ろうとその黒ずんだ手を伸ばし、喉にその爪先が触れた――  瞬間、  一筋の光が人形の腕を薙ぎ、アスファルトの地面に突き刺さる。  そして少年は、その間に入ってきた何かに抱かれその場から一気に離脱した。
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