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「今日は一人じゃないの? 珍しいわね」
「はい、せっかくなので、今日は田口君を連れてきました」
そう言ってこちらに微笑みかける香奈。
俺もぎこちないと自分で理解しながらも、受付さんに笑顔を返していた。
どうやら香奈のことを知っているようだ。受付という立場を忘れ、二人はその後も仲良く談笑を続けている。
終わる気配が見えなかった俺は、一つのため息をついて周りを見渡した。
お年寄りの人たちが所々存在しているが、香奈の言うとおり、こんなに大きな病院のわりには人が少ない。
俺が周りの様子を観察していると、
「雅人! こっちこっち!」
香奈がこちらに向かって手招きをしていた。周りにナースさんの姿がいない。
案内はいなくても大丈夫だと言うことなのだろう。もう何回も行っているし。
「京太は五階にいるから早くしてね」
「あ、悪い、俺はちょっとトイレに行ってくる」
「じゃあここで――――」
「お前は先に行ってろよ」
でも……、そう言って中々決断しようとしない彼女を無視することは出来なかった。
どうせ道に迷うとか考えているのだろうか。俺はこいつと違って迷うことなんて少ない。
それに俺は用を足すためにトイレに行くんじゃないのだ。
だから、待ってもらいたくないのが、俺の正直な気持ちなんだけど……。
とりあえず説得しないと、そう考えた俺はスマイルで香奈と対峙していた。
「大丈夫さ。俺だって五階と六階を間違える今時なドジっ子キャラを演じたりはしないよ」
「いや、そこを心配していないんだけどさ……」
少しの間の後、彼女はおずおずと核心的な言葉を口にした。
「――――逃げないよね?」
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