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…………そりゃあそうか。こいつとはずっと前から一緒にいるんだから、バレて当たり前か。
俺の沈黙をどう理解するなんて見知らぬ人でも理解できるだろう。彼女は手をギュッと胸の前で握りしめていた。
「ねぇ、どうしてそんなに逃げるの? どうしてそんなに会おうとしないの? ……京太のことが嫌い?」
「そんな訳ないだろ……ただ…………」
沈黙。
二人に流れる空気はゆっくりとこの場所を支配していく。
躊躇い。
二人だけが空間を切り離された存在となって、時間がゆっくりと感じてしまう。
恐怖。
俺は次に出てくる言葉、それが今まで隠してきていた自分の感情を出してしまいそうになりそうで。
ずっと、何も言えない空間はお互いの感情に干渉し合っていた。
『緊急です!513号室の中村さんが心肺停止! 至急高崎先生をお願いします!』
空間を割ってくれたのは一つのナースコール。受付の奥だというのに、閑散さと現状の雰囲気もあったのだろう。
その言葉はよく聞こえて――――――衝撃的だった。
「京……太……?」
その言葉はか細く、静かな今の環境じゃなかったら聞き逃していただろう。
香奈は俺との話し合いなんか、頭からすでに抜け落ちていた。
『早くして、急がないと中村さんが――――』
「京太ぁ!」
「おい、香奈!」
走り出したあとを俺も追いかける。
廊下を走れば怒られるかもしれないのに、彼女は気にしない。
背中からでも彼女の焦りが手に取るようにわかった。
時々すれ違うナースさんや患者に軽くぶつかっていた。
謝りながらもその足を止めない。
エレベーターが見えても彼女はスルーした。
先に見えた階段。迷うことなく、香奈は階段で五階を目指すようだ。
一段飛ばしで上っていくのを、俺は必死になって付いて行った。
時折漏れる彼女の息遣い。
そして、
「嘘よ……嘘だって言って…………」
それと共に聞こえる、しゃくり上げている声。
背中しか見てないはずなのに、彼女の表情が分かる。分かってしまう。
なにやっているんだよ、京太……
段差に躓きそうになるのを、手をついて防ぐ。
その時、手のひらに感じた微かな温もりと水滴。
それを握りしめながら、俺は心の中で叫んだ。
今……こいつ泣いているじゃねぇかよ……!
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