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そのまましばらく固まっていた後、唐突に目を大きく見開いた。
「うお! びっくりした!」
「決めた……。今日猟に出るのはやめとくわ。……それで街まで降りましょう? そこでなにか買ってこよう。それでひとつ決めておきたいんだけど――」
一度言葉を区切り、真剣な顔をつくる。
「――鋼、あなた、元の世界に戻りたい?」
「当たり前だ」
即答、それも当然。彼にしてみればこの世界は家族や友人などの親しい人のいない場所だ。しかもこの世界には電気・ガス・水道を始めとする、あって当たり前だったものがない。
事実、いまこの部屋を照らしているのは東の方角から昇ってきている陽の光だけだ。
「ならもう一箇所、行くべきところがあるね。あの人ならこの現象について何か知ってるはず」
「あの人?」
「この山の麓、ツェントルの街に住む学者さん。昔、少しだけお世話になったことがあるんだけどなんでもこの世界の不思議について研究してるらしいよ?」
世界の不思議を研究する学者と聞いて鋼はなんとなく白衣を着た、ボサボサ頭の中年の男性を思い浮かべた。
「……言っとくけど、その人は白衣も着てないし、ボサボサ頭でも、ましてや中年の男性なんかじゃないからね?」
「何でわかるの!?」
驚きのあまり、勢い良く立ち上がった鋼はソファの横に置かれたテーブルに足をぶつけた。
「うわ、痛そう。なんでって聞かれても……。なんとなく?」
鋼としてはなんとなくで心のなかを読まれてはたまらない。たまらないので、ぶつけたところをさすりながら話を逸らした。
「で? そのツェントルの街とやらにはいついくんだ?」
「そうねえ、街に行くならこの狩猟着も着替えたいし、朝ごはんを食べる時間もあるから……。だいたい一時間後くらいに出ましょうか」
よどみなく予定を組み立てていくカート。
一時間後、といっても鋼は何一つ手持ちがないので、特に用意するものもない。
「わかった。なら着替え終わるまでここで待ってるとするよ」
「ん、それじゃあ待ってて。すぐ行くから」
そう言って鋼は背もたれに体を預け、カートは背を向けて部屋を出ていった。
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