喪失

22/24
前へ
/741ページ
次へ
別れた後、今は懐かしい思い出を愛おしむ。 土方は左手親指にある傷跡を、唇にそっと触れさせた。 『もし私が裏切ったら殺して』 そう告げた幸華との約束は果たされず、今でも生死すら確認出来ていない。 幕府と攘夷志士、どちらからも狙われる立場と成り果てた哀れな女。 記憶など戻らず此処で共に暮らせていたならば‥‥と、甘い考えが過る。 山崎の元嫁が後を追って来たのが始まりだった。 あの時行かせるんじゃなかった。 他人の元嫁の揉め事や命なんか放っておけば良かった。 今更悔やんでも悔やみきれない、などと思う事自体が既に女々しいとわかってはいるが。 隠しているつもりの後悔は、同じ誓いをした沖田にバレバレだった。 しかしその沖田もまた言い知れぬ虚無感に襲われ、日々を過ごしているようにしか見えない。 側に居る事も叶わず、約束を守る事も叶わず‥‥ 唯一心の安らぎは刃向かう敵を斬り裂く瞬間だけ。 いつになったら触れられねえ女を忘れられるんだ、俺達は。 「あーーーーーっ!」 ガシガシと頭を掻き、大の字にバタリと倒れた。 もしも幸華が、もうこの世に生きていないとしたら‥‥ せめて、来世では幸せであって欲しいと‥‥また巡り会いたいものだと願うしかなかった。 、
/741ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3210人が本棚に入れています
本棚に追加